稲刈りの日 ― 昔ながらの手仕事
爽やかな秋の風が吹き、棚田が再び多くの人でお祭りのように賑わう一日。 わが家は毎年3〜4人での稲刈り。一家というよりも一族総出といったところか。これでもなかなか忙しく、昨年は事情により2人だけで仕事をしたが、こうなると口を開く暇もなくなる。3人以上いれば行楽気分にもなるだろう。 今年の収穫に感謝 田植えに夏の草刈りと、すべては収穫のためと考えると、この時期あちこちの集落の神社にのぼりが立ち、秋祭りを祝うのもごく自然のことに思える。お神楽の囃子とともに、稲を刈っては束ね、はぜ掛けをするすべての手順がまるで 豊作の儀式 のようだ。 お決まりの仕事でも、稲の束の置き場を工夫すると楽になるし、はぜ掛けはバランスよくきっちりかけないと後でひっくり返ることもある。ただ、はぜ掛けした稲がきれいに並ぶ地元の田んぼのようにできないものかと思案しても、翌日には稲がしんなりとしてきれいに揃うものだから、余計な心配はせずにおこう。 青空が見えなかった今年のお天気、こればかりは仕方ない。雨は日を選んでくれない。前日までの雨はほどよいおしめり程度だったのが幸い。 数日雨が続いた数年前(写真)は田植えのように水びたしで、こうなると少しばかり覚悟が必要になる。ピクニック気分どころでなくなるが、降りしきる雨よりはましと思いながらさっさと片付ける。 皆そろって田んぼ仕事 といえば、お楽しみは一服のとき。 爽やかな青空なら最高だが、雨空でないだけでもありがたい。前夜凍らせておいたぶどうがほどよく冷えている。これを口にするだけで刈る作業には十分。ようやく一段落したら、畦に座り込んで握り飯のお昼。このために働いたような気がするひとときだ。 稲刈りの後に晴天が続くと一安心 オーナーの中にはお子さん連れの家族も多い。この時期の田んぼは子どもたちに絶好の遊び場になる。賑やかな声を聞いていると、手先を動かしながら、頭には小さな頃の自分が浮かんでくる。 小さい頃 よく田んぼで遊んだっけ 。小学校に上がると、秋休みがあってよく手伝いをしたな。一輪車にたくさん藁を積んで運ぶ途中、水を引く小川があって、細い板の橋を気をつけて渡るんだ。よくじいちゃんが川にコーラの瓶を入れといて美味しそうに飲んでいた。そうだ、 “母さん、僕をあの小川に突き落としたのは誰だったでせうね?” …手伝い...