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結び

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今日は彼岸の中日。日本ではとうに始まっている春も、西洋では春分を春の始まりと言うのは文化の違いだが、春は桜であることに違いはないようだ。ここ長野でもあと2週間もすれば桜が咲き始めるだろう。 最近は暖かい冬も多く、そんな年はこのあたりでも3月末に満開になることがある。雪が多く寒い冬だと満開は4月上旬にずれ込み、この写真は4月半ばすぎに撮ったもの。開花が遅いほど咲きっぷりがよいのだろうか、あまりにきれいなものだから、近所の人と花見をしたのを覚えている。ちょうど棚田オーナーを始めた年だった。 棚田も春を迎え この時期の棚田は、これはこれでよいものだ。草木はまだ眠ったまま、訪れる人も数少ない。それでも、優しい陽射しと穏やかに吹く風はどの季節よりも心地よく、何もない中を歩いているだけでも楽しい時間を過ごせる。 誰もいない棚田で、たまに歩いている人を見かけることがある。袋らしきものを手にして、うろうろと下を見ながら歩いている。芽が出始めた山菜を探しているようす。しかし、「フキノトウ」すらオーナー田のあたりにはほとんど見られない。あるとすれば、フキを刈らずにおいた田んぼ。このために私はフキを残しておくのだ。 来月の中旬になると、新しく応募したオーナーが現地説明会に集まる。これから米作りを始める田んぼを見て、それをカメラに収めるはず。そして目にするのが、この風景。遠くに見えるのは飯綱山、小さく見えるのは雪をかぶった戸隠山。5月の連休まではまだ雪が残り、すっかり雪が消えるといよいよ田植えの時期だ。 田植えの準備が始まり、棚田に水が張られ、またにぎやかな田植えを迎える。棚田を訪れるたびに、いつも違う風景が眼の前に広がるだろう。半年ばかりの間に、一日一日と景色が変わり、あっと言う間に一年が過ぎ去る。 一年のご愛読に感謝 棚田オーナーを始めて、そのようすを記録に残したいと思いながら長い年月がたち、ようやくそれらしきものを書き記すことができた。写真は、特に棚田に来るようになって数年の間は、結構熱心に撮ったものがあり、それを残したいという気持ちもあった。何しろ十数年におよぶことだから、いろいろ思うことがあるもので、棚田をテーマに書くことには事欠かない。それ以上に、これまでに過ごした家族との出来事がたびたび思い起こされ、むしろそちらの方が大きなテーマであったかと思う。 ...

春の訪れと嬉しいお祭り

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長く続いた寒さもようやく和らぎ、春の訪れを感じるようになると、どこかしら明るく楽しい気持ちになる。そんな時期であるからこそ、 桃の節句 のお祝いは嬉しいお祭りなのだろう。 ところで、この古びた雛人形は、私の母が子供の頃に贈られたものである。まだ戦前で、辰野にいたというから、伊那の街まで行って手に入れたのか。今のに比べるとずいぶん簡素なお雛様であるが、物の少ない時代の子どもには華やかに見えたことだろう。戦中戦後とあちこち移り住みながら、嫁入り先に落ち着いた後はほとんど飾られずにしまわれていたものだ。 おばあちゃんの雛祭り その雛人形が何十年かぶりに飾られることになったのは、もう何年も前のこと。親しいご近所の皆さんと雛祭りをして、それぞれにお雛様を持ち寄ることになったのだ。最近は雛人形を飾らないことも多いようで、そんなお雛様を持ち寄って盛大に雛祭りをするところもあると聞き、それをまねてみたらしい。 場所はご近所の古いお屋敷で、お座敷にいくつもの雛人形が飾られた。こちらの右上がわが家のお雛様。 こちらは五段、七段と豪華な雛人形。これだけあると飾るだけでも大変だが、おばあちゃんたちが頑張って飾り付けた。失礼なようだが、齢をとると子供のようになるというように、皆さん子供のように喜んで楽しんでいたそうだ。 飾られたお雛様が披露されると、ご近所からも大勢見物に訪れて、にぎやかな雛祭りになったのはありがたいこと。 この雛祭りはその後何回か催されたが、次第に手芸愛好家の作品が中心となり、作者の方々には嬉しい場となったようだ。これほどのお雛様が飾られたのは一度限り、わが家のお雛様にとっても最後のにぎやかな場となり、いくつになっても楽しいお祭りであることに変わりはないと思った雛祭りである。 (来週はお休みいたします。その後はいよいよ本編最終回!)